【概要】
ハーバード・ビジネス・スクール教授にして、企業のイノベーション研究の第一人者であるクレイトン・M・クリステンセン氏の手による新作。
主として企業単位で語られることの多いイノベーションについて、国家という単位で着目をしています。
世界には、かつての貧困国から輝かしい発展を遂げてきた米国や日本、韓国といったアジア諸国が存在する一方、ODA(政府開発援助)の支援を受けながら、いつまで経っても貧困から抜け出せない国も多数存在します。
タイトルにあるパラドクスとは逆説、背理、逆理のこと。正しそうにみえる前提と妥当にみえる推論から受け入れがたい結論が得られることを指します。
よかれと思って行われる貧困国への支援が功を成さないのは、その施策は真の繁栄につながるものではなく表層的、一時的なものに過ぎないから。ならば持続的な繁栄を促す施策とが何なのか。
それはイノベーションへの適切な取り組みに他ならないというのが著者の主張です。
真に繁栄をもたらすイノベーションとは何か。どうすればそれは起こせるのか、そんなテーマに迫ったのが本書です。
【構成】
4部11章で構成された本書。各章の冒頭には、章ごとのテーマが要約されています。
第1部では繁栄を持続するためにイノベーションがいかに有効であるかを論じ、第2部では米国、日本、韓国、メキシコでの事例を紐解きます。第3部ではイノベーションを契機にガバナンスや社会インフラの整備、腐敗の減少が進む過程を考察しています。第4部ではイノベーション。時に市場創造型イノベーションについて5つの原則を紹介しながら全体を総括しています。
【所感】
国としてのイノベーションがテーマであり、ビジネス書のジャンルからは外れるのでは?との疑問を抱かれるかもしれませんが、多くの場合イノベーションの担い手は企業となります。
また本書は、貧困問題に取り組む有識者や政策立案者のみならず新興国での事業に取り組もうとする投資家、イノベーター、起業家も読者に想定されており、十分読み応えのある内容となっています。
さてイノベーションには、①持続型イノベーション、②効率化イノベーション、③市場創造型イノベーション3つの類型があるそうです。
本書では特に③の市場創造型イノベーションを重視します。なぜなら市場創造型イノベーションは、①雇用の創出 ②利益の創出(税収増による公共サービスの充実) ③社会全体の文化を変容する という3点において極めて大きなインパクトを生み出すからです。
そして市場創造型イノベーションを成功させるためには5つのポイントがあると説きます。①無消費をターゲットにしたビジネスモデルの構築 ②実現技術(従来より安価で高度なパフォーマンスを実現する技術)の活用 ③新しい価値ネットワークの構築 ④柔軟な戦略 ⑤経営陣の理解とサポート
貧困国での様々な市場創造型イノベーションの事例が紹介された本書ですが、特に成功事例として頻出するのが①無消費をターゲットにするビジネスモデル構築。
アフリカでの携帯電話事業やインスタント麺事業など、おおよそ誰もが市場など存在しないと考えがちな地域でも、新たな市場が生まれてきたこと、そしてそのインパクトや波及効果の大きさに驚かされます。
一般的に後進国では、安い人件費を背景に、海外のグローバル企業から効率化イノベーションが持ち込まれるケースが多いことかと思います。主としてメーカーが輸出を目し工場などを設置、一定の雇用を生み出します。国家を挙げてそういったグローバル企業の誘致をするケースも多いでしょうね。
ただ総じて支払われる賃金は安く、市況の変化でこういったグローバル企業は、いとも簡単に生産拠点を移すため雇用は常に不安定です。しかし企業側から見ればリスク回避の点からも、この手法は常識的な判断といえます。
反面、市場創造型イノベーションの場合、成果を得るには相当の時間を要します。また過去の経験則もあまり役には立たないのかもしれません。当然「無消費」をターゲットにするなら、どんな産業でもよいというわけでもありません。ある意味、非常識な選択ともいえます。
いかに適切な「無消費」を見出し、信念をもって事業化に取り組むことが出来るのか。まずは個人の着想からかと思いますが、それには「よい質問をできる能力」が大切なのだと著者は説いています。
「なぜこの方法を採るのか?」「物事を違うふうに考えてみたらどうなるか?」そんな単純の自問からでも人は有力な知見を得ることができるのだととも説いています。
どの国にもすばらしい成長の機会があること。市場創造型イノベーションは単なるプロダクトやサービスを供給する以上の意義があること。既存のプロダクトやサービスを入手し易くする工夫だけでも新しい市場を創造できる可能性がある。そんな点を挙げ総括された本書。
タイトル、400ページを超えるボリュームに、つい敬遠しがちですが、示唆に富んだ良書。是非一読いただきたいお薦めの1冊です。
フランク・フォーリー 2019年6月21日 第1刷発行